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 庭しごと

510aa7b1.jpgうちの両親はとても働き者で、頑張りやさんです。
父の仕事の関係上、年に数日しか家で休日を過ごすことが
出来ないのにもかかわらず、この連休中もなんだかんだと
働いている。。
今日は午後からお庭の手入れです。
雑草をむしり、伸びすぎた木の根を切って、
土を耕して、新しく芝生を入れるための下準備を
していました。
途中から、僕も参加して、せっせと耕していました。
庭しごとって意外といいなぁ。。でもこんなことを
思えるようになったのはつい最近のような気もします。
もっと若い頃は、親の手伝いはただただ面倒で、
逃げてばかりいたし、自分にとって楽な道ばかり
探していたと思うしね。
何か僕自身の発想の根幹が変わったのかもしれない。。
それは大袈裟にいうと、人生の価値観であったり、
「生」(せい)そのものであったりするかもしれないけれど、
昔の僕はきっともっと利己的な価値基準で物事を判断していた
と今は思える。

考えてみると、義務教育、それから、高校、大学と教育を受けて
きたが、こと義務教育過程においては、僕は「他人の喜びのために
自分を捧げなさい」というような「奉仕」についての学びをした
記憶が全くない。したのかもしれないけれど、少なくとも僕の心には
残っていない。。
幸いにも、キリスト教系のミッションスクールであった高校で、
僕は、多くの社会的奉仕活動の大切さを学ぶことが出来た。
幼い頃から教会できいてきたバイブルのメッセージも
もちろん僕にとって大きな意味を持っている。

ただ、最も大切なことは、それを学んだかどうかではなく、
そのメッセージが現実に僕の生活の中で、生きたものとして
存在しているかどうかだと思うのである。
「愛の反対は、無関心である」と言ったマザー・テレサのように、
他者に自分のすべてを捧げることは、とても簡単なことではないが、
その人の問題に関心を持ち、実際に自分の出来ることを通して、
お互いが支え合うことが出来ればとても素晴らしいと思う。

まずは身近なところで何が出来るのか、
考えて、そして行動しようと思えちゃう、
そして行動出来ちゃう自分が、
何だか新しいなと感じる今日このごろであります。

次は、いよいよ青々とした芝生を入れちゃいます。
それでは Good Night♪
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