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 「本当に必要なものは何なのか?」 

こんばんは、福原です。

こちら現在も新潟市内に滞在中です。

今日はちょっと長々と語らせていただきます。



ご存知の通り、今回の東北関東大震災におきましては、被災地では甚大な被害が出ており、本当に心が痛む日々を送っております。この災害から復興するまでに相当な時間と費用がかかることは言うまでもありません。そして被災された方々、そして関わるすべての方々の精神的、肉体的な悲しみ、痛みは想像も出来ないものだろうと思います。今この瞬間も、寒さの中、また持病をかかえた方々が苦しんでおられる。
こういった状況は必ず改善する!と信じて、今はただただ祈りつつ、節電を心がけています。(ちなみに、新潟市内は、電力不足に対する「計画停電」が、これまでのところ、予定していたものはすべて中止となっています。これは節電の成果と、昨日降った雪、雨による水力発電の発電量が想定以上に蓄電できたところによるそうです。)

現状として、今すぐに現地に乗り込み、支援するという第一次的な働きはその現場の過酷さ、燃料不足等の問題で、私たち民間人には難しい状況です。この一刻を争う非常事態の中で、「ちょっとでも早く何か手助けをしたい!!」という思いとは裏腹に、実際にはどうすることもできないもどかしさを抱えておられる方も多いと思います。
僕も、友人のいる仙台市まで車で突っ走っていきたい、現状をこの目で確かめて、今何が必要なのか知りたい!と、思っていました。しかし今はまだその「時」ではないということがだんだんと分かってきました。


あの恐ろしい悪夢のような津波は一瞬のうちに全てをのみ込んでしまいました。テレビに映る倒壊した家屋の瓦礫の山。残された人々の悲しみの涙。いまだ家族と再会できない方々の姿。避難所で寒さをしのぐご老人。それらはいずれ「過去の惨劇」として焼き付けられ、数ヶ月もするとテレビでその光景も見ることはなくなるでしょう。これまでもそうだったように。それでも被災された方々の戦いはずっと続いていきます。メディアの熱が冷めると同時に私たちの支援も終わるのではなく、むしろそのような二次的な段階になった時にこそ、私たちの心が現実に見えるものとして届いていくと信じます。


「本当に必要なものは何なのか?」 


自分がその状況にたってはじめて分かることかもしれません。それでも、精一杯相手の気持ちになって物事を精査していくことは僕たちにもできる。



どんなものでも、「時」がある。

 では、「愛する」ことにもふさわしい「時」があるのだろうか?

 いや、決してそうではない。 いつだって愛はすべてを完全に結ぶ帯であるはずだ。

問題は、その「愛」をいま、どう使うかだと思う。

被災地にいない僕に出来ること。

被災地に行けない僕だからこそ、できること。



 いま、少しずつ見えてきたものがあります。 まずは身近な仲間とともに準備していきたいと思います。
形になる頃には、お知らせいたします。 ご賛同いただける内容でしたら、ぜひ力を貸してください。

よろしくお願いいたします。

福原
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