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 ゆるされているかぎり

二週間の旅を終え、滋賀へ戻ってまいりました。

皆さん、いかがお過ごしでしょうか?


僕にとっては、この旅はまるで人生の縮図のような、

とても数日では消化しきれない出来事の連続でした。


新しい命は、まさに神さまからの「恵み」。

この大惨事の中で、命が与えられたこと。

被災地の方々の深い哀しみ、痛みをおぼえるとき、

あらためて命の尊さを感じずにはいられません。


もうご存知の方もおられると思いますが、我が家に娘が誕生しました。

名前を、「穂希(ほまれ)」と名付けました。

彼女は、神さまから授かった「恵みの穂」であり、私たちにとって希望そのものです。




僕らの人生は、明日何が起こるか分からない

たとえ大金持ちになったとしても

この世で地位や名声を手にしたとしても

あらゆる成功を手に入れたとしても


最後に残るものは、何なのだろうか?



僕らの人生はいのちではじまり、いのちで終わる

この世に生を受けた瞬間から、天に帰るそのときまで

本当は「ゆるし」の中で生かされている。



今、僕は、生きることが「ゆるされている」。

ゆるされているかぎりは、決して粗末には扱えない。

テキトーな歌なんか、歌えない。

もし、それが地位や名声のためだけのものならば、

歌なんて歌わなくてもかまわない。

音楽だっていらない。


だけれども、今、僕は、”自分の言葉”で歌い、”自分の音”を奏でることが
ゆるされている。

そして僕をそばで支え、応援してくれる人がいる。



ゆるされるかぎり、歌っていきたいと思います。

















 
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