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 一粒の麦

いのち


いのちが存在したその瞬間から


生の終わりを迎えるその時まで


僕らは生きる


それでも、いのちのはじまりと終わりは


神さまだけが決められるもの




与えられたいのち


それはこの地上で神さまから預かったものだ


神さまの計画ははじめから終わりまで、僕ら人間には分からない。



人生にふりかかる試練も災難も、そしてその意味も僕ら人間には分からない。






聖書には「神のなさることは、すべてが時にかなって美しい」と書かれてある。


人の思いと神さまの思い...






僕は人間だ


だから、神さまの思いは分からない



時には心の中で神をののしるほどに叫ぶときだってある



「神さま一体なぜですか!?」と。


そして、祈らされる。


自分では全く太刀打ちできないほどの試練や患難に直面する度に


人は見失っていたものに気づくのだろう





かけがえのない存在 その尊さを


あなたのいのちを通して


僕らはいま おぼえています






『一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。』 聖書
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